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2月4日霧多布港にて

夕日の写真を撮りながらこんな写真も撮っていました。風邪が悪くなるのも仕方ないかも知れません。その風邪ですが38.9度あった熱は急に下がり今日は36.4度でした。昨日は生ゴミを出しに行く決断をするのも三時間以上かかりました。医者の話では「インフルエンザの反応は出ていないけれど熱の出方が怪しいのでインフルエンザの薬を処方しますね。これでインフルエンザだったら劇的熱が下がる筈。」
だから僕はインフルエンザに罹っていたということになります。三段論法ですね。熱が下がったとは言えまだまだ体が痛くて無理はできません。


2月4日霧多布港の夕日

先週の土曜日、釧路から霧多布への出張でした。昨年の大震災で被災した工場の工藤さんの工場です。防潮堤の外側にある工藤さんの工場は津波の被害をうけて11月まで手つかずの状態でした。その後震災ファンドを立ち上げ昨年の暮れに以前と同じドイツ製の真空マシンを入れることができたのです。僕はあまりお手伝いをする事はできていないのですが、従来通りのおつきあいをさせて頂いています。
この写真は忙しい工藤さんが僕に構っていられなくなった隙に乗じて撮影した夕日です。でも、この日から38度以上の高熱のため一週間程安静する事になりました。


3月13日の夕日

写真は3月13日の幣舞橋上流からの夕日です。11日の東日本大震災で釧路も津波の被害に遭い、フィッシャーマンズワーフ周辺の建物が浸水するなどの被害を受けました。
僕のお客さんの浜中にある工場も津波で工場内の機械類が全損し、一ヶ月が経った今でも操業再開のメドが立っていません。これまで2度訪問しましたが思っていたよりも元気でした。
この日撮影している僕が立っている場所のすぐそばに重機があり、岸に打ち上げられた丸太を貯木場に戻す為の作業をしていました。岸壁が濡れて斑に筋のような模様になっているのは津波で運ばれたヘドロと残った海水が夕日に反射しているからです。その後、夕日が一番赤くなる頃に画面に後から来たカメラマンが入ってしまい、写真になりませんでした。その人は僕の顔を見ながら挨拶もなしに前に入って望遠カメラを構えて撮影していました。この場所は全国的にも知られた場所なのにまだ、こんなマナーの悪い人が居るんだ、と妙に感心したのでした。


10月29日の夕焼け-百人浜

仕事でえりも町に行ってきました。えりも岬の夕日を撮りたかったのですが、釧路を出るのが遅くなってしまい、間に合わなかったのです。百人浜は、むかし南部藩の船が遭難し、この浜辺で息絶えた乗組員が百人を数えたことから名付けられたという悲しい由来があるそうです。
翌日サケ漁の漁船に乗せて頂きましたが、船酔いもせず無事に帰ることができました。それにしても宿泊先の旅館での夕食は豪華で美味しかった。


いつかの夕暮れ-釧路東港

この写真は2007年の6月28日に撮影したんですが、夕焼けの写真を撮るはずがいつの間にか雲の中に夕日が隠れて、霧も出て来たので他の夕日目当てのカメラマンたちは早々に立ち去ったのです。
僕はどんよりとした空気感が気にならないと言うか、良く言えばゆったりとした優しい時間が好きなのでその場に残ってスローシャッターで灯台を撮影してみました。
遠くの西港の灯りがいつもの釧路港とは違う雰囲気にしてくれてます。


10月1日の釧路副港-灯台の時間

寒くなりました、久し振りの釧路副港です。前回来たのは9月の「どんぱく」でした。夕日の写真を撮りに来て、そのまま釧路川花火大会の見物をしていましたが道東唯一の三尺玉が近くで見られるとことから他の見物客も多数きていました。残念ながら気に入った写真を撮影出来ず、アップロード出来ませんでした。
今日から一ヶ月間、弟子屈町川湯の「2LAKeARtGALLERy」(2レイク・アートギャラリー)というところで、サンセットウェブに掲載した写真から二十数点をパネルにして、展示しています。大急ぎで準備した写真展ですから気まぐれなプリンターが吐き出したプリントのみパネルにして送りました。(何度プリントしてもおかしな色調になるものが沢山…)そんな訳で、来週現場を見に行こうと考えています。


8月26日の夕焼け

随分更新をサボっていましたが、先週から夕焼けが綺麗になってきので「ぼちぼち」と思っていたところ。
CDをかけて寝転んでいるうちに眠ってしまい、目が覚めると窓の外が真っ赤になっていたので、カメラを持って外に出てみたのでした。
どうやら、目が覚めた時が夕焼けのピークだったらしく、マゼンタ色の熱を追い出すように鉛色の雲が急速に広がっていく様子に、また新しい夢に引き込まれる様な感覚を覚えたのでした。新橋大通の一本裏手の道路だと言うのに、昭和の香りが漂う風景に懐かしさを感じていたのです。
今日(27日)も昆布森、別海、根室とまわるうち車の中で眠ってしまい、目が覚めたときは警察官がドライバーに一時停止違反を告げていたのです。障害物のため、標識が目に入りづらい場所での違反。必死に抗議するドライバーの援護のため現場写真を撮り始めたところ、慌てた顕官から「これからは注意してください」とのお告げでした。眠りから覚めるとサプライズ、「どちらが夢なのか現実なのか」などとつぶやく2日間でした。


5月30日の夕焼け

およそ3ヶ月振りにサンセットウェブ用の撮影をしました。それも、外出ついでにカメラを持ち出したので三脚は使用していません。釧路市内の大型スーパーやドラッグストアー、100円ショップやスーパー銭湯などが集積している郊外型のショッピングエリアなんです。日没までは自宅近くの路上で電信柱を撮影していましたが、この場所で見た夕焼けのほうが雲の様子が綺麗でした。明日からは、先週の続きでエクセルの授業を受ける毎日が続きます。ワードは22日に帯広で試験を受けて、見事合格する事ができました。ああ、良かった。
ワードとエクセルの授業の切り替え時にパワーポイントを少しかじったのですがこれ、面白いソフトです。卒業制作ではパワーポイントを使って紙芝居みたいな「勝手にPV(プロモーションビデオ)」を作っています。
さあ、明日もがんばろう…。


釧路副港の夕暮れ

日本語で写真を「真」を「写す」と書きますが、三次元の世界を二次元に写し取る時点で、もうそれは「真」では無いと言えるかもしれません。でも、長い間写真に親しんで来た自分なりの感想はやはり「真」を写すとも、「心」を写すとも思えるのです。僕にはどちらかと言うと「心」が写るように思えます。
昔、加納典明という超売れっ子の写真家が北海道の霧多布で約2年近くを過ごした後復帰するとき、何とウール(毛)のテレビコマーシャルに登場したのです。その時のナレーションで「写真、それは心の反射鏡」とも「魂の反射鏡」とも言っていたような記憶があります。僕は当時高校生で、写真に対して全く同じ印象を持ていてカメラのことを「魂の反射鏡」と密かに呼んでいたのです。
高校時代に撮ったクラスメートの写真を、卒業して数年経った後に自分が撮影した写真と知らずに見せられた時、この写真を撮った人に会いたいと友人に言った事を覚えています。その写真に自分と同じ波長を感じていたのかも知れません。
写真は冬の釧路副港に繋留していた漁船の舳先に当たる夕日を撮影したものです。冷たい海に浮かぶハス氷の表面だけが暖かみを感じさせる色に染まっていました、あ”〜あ。


釧路副港の夕焼け

土日を携帯電話が通じない場所で過ごしました、と言うと何か遊びに行ってたみたいですが本当は仕事でパソコンの前にずっと座っていたのです。雨のため夕日の撮影も出来ませんでした。休日らしい事をしたと言えばクライアントの今井さんの家にある露天風呂つきの温泉に入ったことぐらいでしょうか。
今井さんは先日、陶芸家&アーティストとして北海道新聞に紹介されていました。この人、僕とはまったく違う性格、人生観の持ち主だと思っていました。ただ一つの共通点はジャズのバンド「ウェザー・リポート」の大ファンだと言う事でした。というか僕はジャズのバンドはウェザー・リポートぐらいしか知らなかったのです。そのウェザー・リポートが縁でしばらく今井さんの会社で仕事をしていました。会社を離れると意外に「良いヒト」だと言う事がわかり、時々屈斜路湖のほとりにある家を仕事で訪ねるのです。でも、家に帰ってから大失敗をしていた事に気がつきました。屈斜路湖にいる間に「ウェザー・リポート」の初期の頃の5枚組のアルバムをネットオークションで落札し損なっていました。すっかり忘れていたのです、安かったのに…。
写真は2009年の8月ごろの釧路副港です。


釧路東港の夕日

いつも夕日や夕焼けをテーマにしているせいか、あらためて夕日・夕焼けについて考える機会が少なかったと思います。約1年半前の事になりますが、高校時代の同級生と飲む機会があり、当時夕日の見える喫茶店で交際を申し込んで来た高校生を振る事に快感を覚えていたと言われた事があります。彼女とは高校時代とても親しくしていましたが、一度も喫茶店に誘った事も無く、同じクラブの部室や帰り道で雑談をしながら歩いた記憶があります。その話を聞いた時、きっとフラられた男子たちは今でも夕日を見ると無邪気な顔で悪魔のような微笑みを浮かべていた彼女の事を思い出すのだろうと思ったのです。
そのとき、僕も高校時代に彼女にフラれてみれば良かったかも知れないと思いました。今から、コスプレで学生服を着ることもできず何となく損した気分、惜しかったな。
写真は、2月ころ霧の中夕日が顔を出した光景です。モノトーンの風景に赤い夕日が浮かんで、日本画のような静寂感を味わいながら撮影した事を覚えています。


夕焼けの釧路港

今日から一週間、スクールは休み。知り合いになった元ダンサーのmica-cさんはこの連休に室蘭へ行くとか。なんでも正社員のオファーが来ているらしい。室蘭といえば、以前青森での仕事でフェリー乗り場へ向かう時、入り口を間違って鉄工所に入り込んでしまった思い出があります。その時の守衛さんの笑顔が忘れられません。
何日か前ある取材で本人にお会いした時思ったのですが、人間というのはその時自分の心から発しているエネルギーがまわりに影響を与えているんだな、と思いました。それが自分に返って来た時、その人の思いと違う時の心の持ち方で「幸せ」とも「不幸」とも感じるのではないかと。善くも悪くも、自分のまわりで起こる事はすべて気まぐれな鏡に映った現象なんだと思うのです。
写真は、2008年のお正月に撮影した釧路港です。このときは小野不由美原作のアニメ『十二国記』の世界観に魅かれていたせいなのか、よくこんな夕焼け空を撮影していていました。


釧路副港にて

スクールは土日・祭日は休みです。それに23日もお休みでしたが、昨日、今日はアルバイトでした。何時間も立ちっぱなしで液晶モニタを凝視していました。そう目がね、疲労気味なんです。それに昨日は考え事をしているうちに深夜になってしまいました。あ、どうせスクールで居眠りをするんだろうな。
写真は昨年の4月ごろの釧路副港です。


港にて

今日、ある人に携帯でメールを打っていて気がついたのですが、美しい風景や自然を目の前にして感動で涙が出て来る事はこれまで無かったと思うのです。
そんな時僕は美しい風景に胸まで浸かりながら、頭は冷静でとてもゆったりとした気分になっているんです。つまりシアワセな気分でいることが多いのですね。特に美しい夕焼けを見ている時はです。考えてみれば僕は随分と得な人生をあゆんで来たのかも。
数年前家族と別れて一人で暮らしていますが、特に淋しさを感じていなかったのも、そんな時間を過ごす事が多いからでしょうか。


釧路中央埠頭にて

模擬試験2日目にしてようやく100%(満点)をとる事が出来ました。それでも居眠りの癖はとれず、いつの間にか液晶画面に額がくっ付きそうになるのです。
満点と言えば、後ろの席で試験を受けているこの人。元ダンサーだけあって表現力がスゴイ!模擬試験の操作ボタンを「自爆ボタン」「核爆発ボタン」と名付けるかと思うと、ヒマな時に描くイラストが最高です。とても真似できない、120点満点だと思います。う〜ん、もしかしたら世代の違いなのかな。
写真は芸術館から釧路港に寄り道をしたときに撮影したものです。このときのカメラはニコン。それなりに写っていますが、何と言うか写真的というか自分の意思以外の何か(カメラ)が介在して出来たもの(写真)なんですね。何となく良く映るんですけど、ストレートに写っていない(気持ちが)という感想なんです。変な表現ですけど、こんな風に言うしかないんです今のところ、ニコンのカメラには。


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