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5月30日の夕焼け

およそ3ヶ月振りにサンセットウェブ用の撮影をしました。それも、外出ついでにカメラを持ち出したので三脚は使用していません。釧路市内の大型スーパーやドラッグストアー、100円ショップやスーパー銭湯などが集積している郊外型のショッピングエリアなんです。日没までは自宅近くの路上で電信柱を撮影していましたが、この場所で見た夕焼けのほうが雲の様子が綺麗でした。明日からは、先週の続きでエクセルの授業を受ける毎日が続きます。ワードは22日に帯広で試験を受けて、見事合格する事ができました。ああ、良かった。
ワードとエクセルの授業の切り替え時にパワーポイントを少しかじったのですがこれ、面白いソフトです。卒業制作ではパワーポイントを使って紙芝居みたいな「勝手にPV(プロモーションビデオ)」を作っています。
さあ、明日もがんばろう…。


釧路副港の夕暮れ

日本語で写真を「真」を「写す」と書きますが、三次元の世界を二次元に写し取る時点で、もうそれは「真」では無いと言えるかもしれません。でも、長い間写真に親しんで来た自分なりの感想はやはり「真」を写すとも、「心」を写すとも思えるのです。僕にはどちらかと言うと「心」が写るように思えます。
昔、加納典明という超売れっ子の写真家が北海道の霧多布で約2年近くを過ごした後復帰するとき、何とウール(毛)のテレビコマーシャルに登場したのです。その時のナレーションで「写真、それは心の反射鏡」とも「魂の反射鏡」とも言っていたような記憶があります。僕は当時高校生で、写真に対して全く同じ印象を持ていてカメラのことを「魂の反射鏡」と密かに呼んでいたのです。
高校時代に撮ったクラスメートの写真を、卒業して数年経った後に自分が撮影した写真と知らずに見せられた時、この写真を撮った人に会いたいと友人に言った事を覚えています。その写真に自分と同じ波長を感じていたのかも知れません。
写真は冬の釧路副港に繋留していた漁船の舳先に当たる夕日を撮影したものです。冷たい海に浮かぶハス氷の表面だけが暖かみを感じさせる色に染まっていました、あ”〜あ。


釧路副港の夕焼け

土日を携帯電話が通じない場所で過ごしました、と言うと何か遊びに行ってたみたいですが本当は仕事でパソコンの前にずっと座っていたのです。雨のため夕日の撮影も出来ませんでした。休日らしい事をしたと言えばクライアントの今井さんの家にある露天風呂つきの温泉に入ったことぐらいでしょうか。
今井さんは先日、陶芸家&アーティストとして北海道新聞に紹介されていました。この人、僕とはまったく違う性格、人生観の持ち主だと思っていました。ただ一つの共通点はジャズのバンド「ウェザー・リポート」の大ファンだと言う事でした。というか僕はジャズのバンドはウェザー・リポートぐらいしか知らなかったのです。そのウェザー・リポートが縁でしばらく今井さんの会社で仕事をしていました。会社を離れると意外に「良いヒト」だと言う事がわかり、時々屈斜路湖のほとりにある家を仕事で訪ねるのです。でも、家に帰ってから大失敗をしていた事に気がつきました。屈斜路湖にいる間に「ウェザー・リポート」の初期の頃の5枚組のアルバムをネットオークションで落札し損なっていました。すっかり忘れていたのです、安かったのに…。
写真は2009年の8月ごろの釧路副港です。


釧路東港の夕日

いつも夕日や夕焼けをテーマにしているせいか、あらためて夕日・夕焼けについて考える機会が少なかったと思います。約1年半前の事になりますが、高校時代の同級生と飲む機会があり、当時夕日の見える喫茶店で交際を申し込んで来た高校生を振る事に快感を覚えていたと言われた事があります。彼女とは高校時代とても親しくしていましたが、一度も喫茶店に誘った事も無く、同じクラブの部室や帰り道で雑談をしながら歩いた記憶があります。その話を聞いた時、きっとフラられた男子たちは今でも夕日を見ると無邪気な顔で悪魔のような微笑みを浮かべていた彼女の事を思い出すのだろうと思ったのです。
そのとき、僕も高校時代に彼女にフラれてみれば良かったかも知れないと思いました。今から、コスプレで学生服を着ることもできず何となく損した気分、惜しかったな。
写真は、2月ころ霧の中夕日が顔を出した光景です。モノトーンの風景に赤い夕日が浮かんで、日本画のような静寂感を味わいながら撮影した事を覚えています。


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