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いつかの夕暮れ-釧路東港

この写真は2007年の6月28日に撮影したんですが、夕焼けの写真を撮るはずがいつの間にか雲の中に夕日が隠れて、霧も出て来たので他の夕日目当てのカメラマンたちは早々に立ち去ったのです。
僕はどんよりとした空気感が気にならないと言うか、良く言えばゆったりとした優しい時間が好きなのでその場に残ってスローシャッターで灯台を撮影してみました。
遠くの西港の灯りがいつもの釧路港とは違う雰囲気にしてくれてます。


10月1日の釧路副港-灯台の時間

寒くなりました、久し振りの釧路副港です。前回来たのは9月の「どんぱく」でした。夕日の写真を撮りに来て、そのまま釧路川花火大会の見物をしていましたが道東唯一の三尺玉が近くで見られるとことから他の見物客も多数きていました。残念ながら気に入った写真を撮影出来ず、アップロード出来ませんでした。
今日から一ヶ月間、弟子屈町川湯の「2LAKeARtGALLERy」(2レイク・アートギャラリー)というところで、サンセットウェブに掲載した写真から二十数点をパネルにして、展示しています。大急ぎで準備した写真展ですから気まぐれなプリンターが吐き出したプリントのみパネルにして送りました。(何度プリントしてもおかしな色調になるものが沢山…)そんな訳で、来週現場を見に行こうと考えています。


釧路副港の夕暮れ

日本語で写真を「真」を「写す」と書きますが、三次元の世界を二次元に写し取る時点で、もうそれは「真」では無いと言えるかもしれません。でも、長い間写真に親しんで来た自分なりの感想はやはり「真」を写すとも、「心」を写すとも思えるのです。僕にはどちらかと言うと「心」が写るように思えます。
昔、加納典明という超売れっ子の写真家が北海道の霧多布で約2年近くを過ごした後復帰するとき、何とウール(毛)のテレビコマーシャルに登場したのです。その時のナレーションで「写真、それは心の反射鏡」とも「魂の反射鏡」とも言っていたような記憶があります。僕は当時高校生で、写真に対して全く同じ印象を持ていてカメラのことを「魂の反射鏡」と密かに呼んでいたのです。
高校時代に撮ったクラスメートの写真を、卒業して数年経った後に自分が撮影した写真と知らずに見せられた時、この写真を撮った人に会いたいと友人に言った事を覚えています。その写真に自分と同じ波長を感じていたのかも知れません。
写真は冬の釧路副港に繋留していた漁船の舳先に当たる夕日を撮影したものです。冷たい海に浮かぶハス氷の表面だけが暖かみを感じさせる色に染まっていました、あ”〜あ。


釧路副港の夕焼け

土日を携帯電話が通じない場所で過ごしました、と言うと何か遊びに行ってたみたいですが本当は仕事でパソコンの前にずっと座っていたのです。雨のため夕日の撮影も出来ませんでした。休日らしい事をしたと言えばクライアントの今井さんの家にある露天風呂つきの温泉に入ったことぐらいでしょうか。
今井さんは先日、陶芸家&アーティストとして北海道新聞に紹介されていました。この人、僕とはまったく違う性格、人生観の持ち主だと思っていました。ただ一つの共通点はジャズのバンド「ウェザー・リポート」の大ファンだと言う事でした。というか僕はジャズのバンドはウェザー・リポートぐらいしか知らなかったのです。そのウェザー・リポートが縁でしばらく今井さんの会社で仕事をしていました。会社を離れると意外に「良いヒト」だと言う事がわかり、時々屈斜路湖のほとりにある家を仕事で訪ねるのです。でも、家に帰ってから大失敗をしていた事に気がつきました。屈斜路湖にいる間に「ウェザー・リポート」の初期の頃の5枚組のアルバムをネットオークションで落札し損なっていました。すっかり忘れていたのです、安かったのに…。
写真は2009年の8月ごろの釧路副港です。


釧路東港の夕日

いつも夕日や夕焼けをテーマにしているせいか、あらためて夕日・夕焼けについて考える機会が少なかったと思います。約1年半前の事になりますが、高校時代の同級生と飲む機会があり、当時夕日の見える喫茶店で交際を申し込んで来た高校生を振る事に快感を覚えていたと言われた事があります。彼女とは高校時代とても親しくしていましたが、一度も喫茶店に誘った事も無く、同じクラブの部室や帰り道で雑談をしながら歩いた記憶があります。その話を聞いた時、きっとフラられた男子たちは今でも夕日を見ると無邪気な顔で悪魔のような微笑みを浮かべていた彼女の事を思い出すのだろうと思ったのです。
そのとき、僕も高校時代に彼女にフラれてみれば良かったかも知れないと思いました。今から、コスプレで学生服を着ることもできず何となく損した気分、惜しかったな。
写真は、2月ころ霧の中夕日が顔を出した光景です。モノトーンの風景に赤い夕日が浮かんで、日本画のような静寂感を味わいながら撮影した事を覚えています。


夕焼けの釧路港

今日から一週間、スクールは休み。知り合いになった元ダンサーのmica-cさんはこの連休に室蘭へ行くとか。なんでも正社員のオファーが来ているらしい。室蘭といえば、以前青森での仕事でフェリー乗り場へ向かう時、入り口を間違って鉄工所に入り込んでしまった思い出があります。その時の守衛さんの笑顔が忘れられません。
何日か前ある取材で本人にお会いした時思ったのですが、人間というのはその時自分の心から発しているエネルギーがまわりに影響を与えているんだな、と思いました。それが自分に返って来た時、その人の思いと違う時の心の持ち方で「幸せ」とも「不幸」とも感じるのではないかと。善くも悪くも、自分のまわりで起こる事はすべて気まぐれな鏡に映った現象なんだと思うのです。
写真は、2008年のお正月に撮影した釧路港です。このときは小野不由美原作のアニメ『十二国記』の世界観に魅かれていたせいなのか、よくこんな夕焼け空を撮影していていました。


釧路副港にて

スクールは土日・祭日は休みです。それに23日もお休みでしたが、昨日、今日はアルバイトでした。何時間も立ちっぱなしで液晶モニタを凝視していました。そう目がね、疲労気味なんです。それに昨日は考え事をしているうちに深夜になってしまいました。あ、どうせスクールで居眠りをするんだろうな。
写真は昨年の4月ごろの釧路副港です。


港にて

今日、ある人に携帯でメールを打っていて気がついたのですが、美しい風景や自然を目の前にして感動で涙が出て来る事はこれまで無かったと思うのです。
そんな時僕は美しい風景に胸まで浸かりながら、頭は冷静でとてもゆったりとした気分になっているんです。つまりシアワセな気分でいることが多いのですね。特に美しい夕焼けを見ている時はです。考えてみれば僕は随分と得な人生をあゆんで来たのかも。
数年前家族と別れて一人で暮らしていますが、特に淋しさを感じていなかったのも、そんな時間を過ごす事が多いからでしょうか。


釧路中央埠頭にて

模擬試験2日目にしてようやく100%(満点)をとる事が出来ました。それでも居眠りの癖はとれず、いつの間にか液晶画面に額がくっ付きそうになるのです。
満点と言えば、後ろの席で試験を受けているこの人。元ダンサーだけあって表現力がスゴイ!模擬試験の操作ボタンを「自爆ボタン」「核爆発ボタン」と名付けるかと思うと、ヒマな時に描くイラストが最高です。とても真似できない、120点満点だと思います。う〜ん、もしかしたら世代の違いなのかな。
写真は芸術館から釧路港に寄り道をしたときに撮影したものです。このときのカメラはニコン。それなりに写っていますが、何と言うか写真的というか自分の意思以外の何か(カメラ)が介在して出来たもの(写真)なんですね。何となく良く映るんですけど、ストレートに写っていない(気持ちが)という感想なんです。変な表現ですけど、こんな風に言うしかないんです今のところ、ニコンのカメラには。


釧路東港にて

今日も、パソコンスクールでWindowsXPを勉強していました。ワード2003のテキストを一通り終えたので、認定試験に向け、模擬テストが始まりました。ノートパソコンに挿入したCD-ROMから問題を読み込んで自動的にテスト問題が再生され、時間内に回答しながら最後まで進むと自動採点してくれる優れモノです。はじめは71%の回答率でしたが、2回目以降は90%台をキープ。でもどうしても100%になりません。模擬試験とはいえ、回答中にまた居眠りをしてしまいました。頭の半分が眠っているかのような僕の学生生活。家に帰ると気分爽快、アタマスッキリなんですけどねー。何かの病気でしょうか。
そう、半分といえばこの写真も画面の半分だけが黄昏色なのでボツ写真にしていました。でも、今の僕の学校での状況にぴったり、へんな風景です。


釧路港にて

もう少しで屋根のてっぺんなのに、カモメくんは意地悪な横顔。いわゆるガン無視、知らん顔。まるで僕自身のように思えて、世の中そうそう自分の思い通りにならないと妙に納得しながらシャッターを切ったのを覚えています。今年の3月2日の事でした。そう言えば僕の写真に登場するカモメくんは左向きが多いようです。選んで撮影しているつもりは無いのですが…。
利き腕が左だという事と関係あるのかもしれないです。ところで今の政権はどっち向きなんでしょうか。自分のことだけで精一杯なのですが、少しだけ気になります。


釧路東港の夕日

ずーっと夕日の撮影に出掛けていなかったのでまったりとした時間を過ごす事ができません。かわりにYouTubeで「aozorafantasii」で癒されて、U字工事の漫才 『入学試験』や『新聞の勧誘』を見ては一人で笑っています。そういえば最近発見したのですが、戸川純ってすごい才能があるんですね、ゲルニカというユニットで唄っていたなんて知りませんでした。『スケエテヰング・リンク』、『復興ノ唄』、ヤプーズ時代の『好き好き大好き』、『隣りの印度人』など本当にぶったまげました。廃盤になって定価の2倍以上もの値段で売られていた「改造への躍動」(CD)を探し当て、ついさっき届いたばかりです。これから暫くのあいだ戸川純のCDを買い集める事になりそうです。
ところで写真は2007年9月30日の夕日です。釧路では珍しく夕日が地平線(海には沈まないのです)に沈み、風もなく穏やかな夕暮れを過ごすことができた日でした。


釧路東港の夕焼け

釧路港の夕焼け、確か2007年の8月23日の撮影でした。僕の誕生日の前日でしたが、この時の光景は今でも忘れません。鮮やかな色あいで撮れています。
夕日が沈んでから、雲がワイン色に染まって、海の色も同じになりました。写真では赤が飽和していますが、キヤノンデジタルカメラの特徴なんですね、赤の飽和が早いのは。でも全体としては発色が素直で使いやすいのでキヤノンから離れられないんです、本当に。
飽和と言えば最近は、午後から僕のお腹と脳みそが飽和状態で、スクールの机でパソコンを前にして居眠りをしています。緊張感まるでナシと言った体たらくなのです。
それでもスクールのメンバーの何人かがサンセットウェブを見ていてくれているらしく、更新まだかと催促される毎日です。でも、少し嬉しいな。


いつかの夕暮れ

4月1日からパソコンスクールに通っています。友人やお客さんに話すと、習う事なんかあるの?と聞かれます。でも、Windowsを本格的に学ぶ機会がなかったので良いチャンスだと思いました。学校は僕が住んでるマンションの前のバス通り沿いで西に200mくらいです。歩いて通っています。
今は「ワード2003」を習っていますが、こんなにたくさんの機能があったのかと驚いています。もう少し慣れたら、「ワード」でも仕事ができそうな位高機能なんですね。WindowsXPに付属のペイントソフトでいたずらした「とある活魚店の一日」です。ソフトの機能が少ないため、仕事や本格的な作品づくりには向いていないかも知れません。自宅のMacでおなじものを制作してみました。
1から3までの魚くんのうち、1番の魚くんが今の僕自身かもしれません。


9月20日の釧路港

今日の釧路港の夕日はオレンジ色に染まりました。でも風がとても強くて、雲が出てきましたので落日は諦めたのです。
そんな時は夕日と反対側の方向を振り向く事にしているのです。やはり強い風のためか面白い風景が見られる事が多いのです。黄昏色に染まる街並の上空に大きな雲とその下に浮かぶ小さなちぎれ雲が、変なリズムを生み出しているように見えます。このあと雲は形を変えてバルタン星人か伊勢エビみたいな姿に…。
画面下の街並が歪んでいるのは広角レンズのせいですが、軽くてシャープで値段が安い(三拍子!)お気に入りのレンズなのです。最近は夕日の撮影でも三脚を使う事が少なくなりました。レンズが軽いためなのか、手抜き撮影でもなんとかなるようです。


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